横浜デルタの話を以前しました。デルタとは三角のことですが、その頂点に位置するのが、山王橋です。今日は、その山王橋からひたすら真っ直ぐ東の海の方へ走っていきます。
まずは出発地点の山王橋。京急南太田駅のすぐそばです。

出発した瞬間、すぐ右手にあるのが日枝神社。お三の宮です。吉田新田の埋め立てが中々上手く行かない折に、吉田勘兵衛さんに引き取られていた身寄りのない娘お三がたっての願いで人柱になった、という逸話があり、そこからお三の宮と呼ばれるようになったとか。この日枝神社は元々勘兵衛さんが江戸の日枝神社(現在も赤坂にある)に深く帰依していたことから、この地に分霊を祀るため勧請したということです。由緒、謂れがあるんですね。そういえば、赤坂の日枝神社には、「急ぐとも 止まって拝め 宮の前」という立て札があったのを思い出します。ちゃんと二礼二拍手一拝して行きましょう。

この辺りもそうですが、今回のルートの大部分は海側からの一方通行ですので、山王神社側からひたすら海を目指すのは徒歩か自転車ならでは。

ほどなく、横須賀街道(16号)へあたります。左へ行けば一本橋。右は睦橋を経て、磯子の八幡橋まで一本道。その道路脇には掘割川が流れますが、この川は開港後の1870年、当時の県知事の要請により工事が計画され、吉田勘兵衛さんのご子孫らがこれに応じて1874年に完成させた人工の川です。なんで川を作ったのかというと、一つは吉田新田完成後もずっと沼だった地域(現在の寿町界隈)の埋め立て用土砂を確保するため。もう一つには、結構荒れて航海が大変だった根岸湾・本牧沖を通らずに、根岸・磯子と横浜中心部の物資輸送ルートを開発するためだったそうです。しかし相当な難工事で、吉田家は相当な財産を失い、また出資した外国と日本政府との間にも国際問題が生じるなど、色々いわくがあったそうです。

話も道も元に戻して・・・。さらに東の海側へ進むと、富士見川公園にあたります。ここは今、公園や駐車場などになっていますが、元々は富士見川という運河でした。中村川と吉田新田の中心部を流れていた吉田川(今の大通公園)を結び、さらに大岡川よりに少し延びていたようです。それが1895年頃までには埋め立てられました。横浜デルタ内にはこの他にも、運河を埋め立てたのが一目で分かる道や公園がいくつかあります。

ここから先は、伊勢佐木モールに入ります。マンションが立ち並ぶ住宅街に、「かに」の愛知屋さんが目につきます。いきなりなんで「かに」?といった気がするのは私だけでしょうか。ここは気になるお店なので、いつか突撃したいです。

もう少し進むと、藤棚浦舟通りに出ます。左に行くと太田橋を経て京急黄金町駅、初音町、浜松町(国道一号)へ続いています。右に行くと市営地下鉄阪東橋駅を経て浦舟人道橋。行き止まりです。

そこから3ブロックほど海側へ進み、右手を眺めれば、よこはまばし商店街のアーケードが見えるはず。そっちへ寄って、買い食いなどをするのもまた楽しいです。因みに、よこはまばし商店街を抜けると三吉橋。

上の写真を撮った場所から振り返っての、反対側(伊勢佐木モールの左手)を写したのが下の写真です。末吉橋がすぐそこに見えます。横浜デルタ内は結構碁盤の目状態に道が走っていますので、左右を見渡せば案外このように橋と橋が見渡せそうな道があります。

この辺りから伊勢佐木モールは自転車通行禁止になります。ただ、ご覧のように朝など人通りが少ない時間帯に押して歩いている人を見ることはほとんどありません(笑)

しばらく進むと、横浜駅根岸道路にあたります。山王橋〜新港埠頭ルートが横浜デルタの縦軸なら、直角に交差する横軸とも言うべき大動脈が、この横浜駅根岸道路でしょう。平沼から御所山・伊勢山を上り、野毛山の切り通しを駆け下り、都橋を通って吉田橋へ至る道を、昔は横浜道(みち)といいました。今は切り通しからまっすぐ下ると長者橋、そこからほぼ一直線に横浜デルタの反対側、車橋まで続いています。

いよいよ伊勢佐木モールのクライマックス?に突入です。「ゆず」のストリート・ライブで有名な横浜松坂屋はこの先左側に、横浜市民なら皆知っている本屋さんの有隣堂は右側にあります。

モールを抜けると、桜川新道(新横浜通り)&16号にあたります。左に行けばJR桜木町駅。JR関内駅はすぐ右手です。そして目の前は、日本初の「鉄(かね)の橋」、吉田橋です。ここに開港当時関が設けられ、その内側(海側)を関内、外側を関外と称しました。

ここを渡ると、馬車道に入ります。伊勢佐木モールと馬車道が同じ通りだということは、横浜市民でも知っている人しか知りません!

馬車道は開港当時のメインストリート。関内に設けられた日本人居住区にも近く、また前述の関所へ通じる道だったことなどから、ここから実に多くの西洋文化が日本に広まっていきました。この馬車道にも、アイスクリームや写真などの碑がいくつかあります。色々な形の歴史的なガス灯などもありますので、自転車を降りて、路傍の案内板を一つひとつ見て歩くのもお勧めです。県立歴史博物館のある辺りには、その昔弁天堂がありました。

馬車道を抜けると海岸通本町通り(訂正)と交差します。目の前には第二合同庁舎が、その左手にはみなとみらいのビル郡が望めます。右に行くと、日本大通、中華街南側を経て、谷戸橋へ至ります。谷戸橋の向こうは元町ですね。なお、この下の写真の丁度地下に、みなとみらい線の馬車道駅があります。JR桜木町へも歩いてほんの数分です。

ゴールはもうすぐ。なだらかな坂を登っていくと、万国橋です。みなとみらいや反対側の赤レンガ倉庫、大桟橋がよく見えます。ここはロケや写生のメッカ。実にいい眺めです。

汽車道を横切り、ワールドポータース、JICAの前を通り過ぎると、終着点。新港埠頭の客船ターミナル入口で行き止まり。海の向こうに見える風車は瑞穂埠頭にそびえる風力発電施設「ハマ・ウィング」です。風車の直径は80m!コスモクロック21の100mといい勝負です。ちなみにリアルタイムでの発電量を、臨港パーク内にある案内板で知ることができます。臨港パークはここ新港埠頭入口から左手、国際橋を渡った向こう側です。

山王橋からここまで、約3.8km。ゆっくり走って20〜30分くらいのポタリングです。始発・終着とも駅に近いので、輪行や歩きの方にもいいコースではないでしょうか。
まずは出発地点の山王橋。京急南太田駅のすぐそばです。

出発した瞬間、すぐ右手にあるのが日枝神社。お三の宮です。吉田新田の埋め立てが中々上手く行かない折に、吉田勘兵衛さんに引き取られていた身寄りのない娘お三がたっての願いで人柱になった、という逸話があり、そこからお三の宮と呼ばれるようになったとか。この日枝神社は元々勘兵衛さんが江戸の日枝神社(現在も赤坂にある)に深く帰依していたことから、この地に分霊を祀るため勧請したということです。由緒、謂れがあるんですね。そういえば、赤坂の日枝神社には、「急ぐとも 止まって拝め 宮の前」という立て札があったのを思い出します。ちゃんと二礼二拍手一拝して行きましょう。

この辺りもそうですが、今回のルートの大部分は海側からの一方通行ですので、山王神社側からひたすら海を目指すのは徒歩か自転車ならでは。

ほどなく、横須賀街道(16号)へあたります。左へ行けば一本橋。右は睦橋を経て、磯子の八幡橋まで一本道。その道路脇には掘割川が流れますが、この川は開港後の1870年、当時の県知事の要請により工事が計画され、吉田勘兵衛さんのご子孫らがこれに応じて1874年に完成させた人工の川です。なんで川を作ったのかというと、一つは吉田新田完成後もずっと沼だった地域(現在の寿町界隈)の埋め立て用土砂を確保するため。もう一つには、結構荒れて航海が大変だった根岸湾・本牧沖を通らずに、根岸・磯子と横浜中心部の物資輸送ルートを開発するためだったそうです。しかし相当な難工事で、吉田家は相当な財産を失い、また出資した外国と日本政府との間にも国際問題が生じるなど、色々いわくがあったそうです。

話も道も元に戻して・・・。さらに東の海側へ進むと、富士見川公園にあたります。ここは今、公園や駐車場などになっていますが、元々は富士見川という運河でした。中村川と吉田新田の中心部を流れていた吉田川(今の大通公園)を結び、さらに大岡川よりに少し延びていたようです。それが1895年頃までには埋め立てられました。横浜デルタ内にはこの他にも、運河を埋め立てたのが一目で分かる道や公園がいくつかあります。

ここから先は、伊勢佐木モールに入ります。マンションが立ち並ぶ住宅街に、「かに」の愛知屋さんが目につきます。いきなりなんで「かに」?といった気がするのは私だけでしょうか。ここは気になるお店なので、いつか突撃したいです。

もう少し進むと、藤棚浦舟通りに出ます。左に行くと太田橋を経て京急黄金町駅、初音町、浜松町(国道一号)へ続いています。右に行くと市営地下鉄阪東橋駅を経て浦舟人道橋。行き止まりです。

そこから3ブロックほど海側へ進み、右手を眺めれば、よこはまばし商店街のアーケードが見えるはず。そっちへ寄って、買い食いなどをするのもまた楽しいです。因みに、よこはまばし商店街を抜けると三吉橋。

上の写真を撮った場所から振り返っての、反対側(伊勢佐木モールの左手)を写したのが下の写真です。末吉橋がすぐそこに見えます。横浜デルタ内は結構碁盤の目状態に道が走っていますので、左右を見渡せば案外このように橋と橋が見渡せそうな道があります。

この辺りから伊勢佐木モールは自転車通行禁止になります。ただ、ご覧のように朝など人通りが少ない時間帯に押して歩いている人を見ることはほとんどありません(笑)

しばらく進むと、横浜駅根岸道路にあたります。山王橋〜新港埠頭ルートが横浜デルタの縦軸なら、直角に交差する横軸とも言うべき大動脈が、この横浜駅根岸道路でしょう。平沼から御所山・伊勢山を上り、野毛山の切り通しを駆け下り、都橋を通って吉田橋へ至る道を、昔は横浜道(みち)といいました。今は切り通しからまっすぐ下ると長者橋、そこからほぼ一直線に横浜デルタの反対側、車橋まで続いています。

いよいよ伊勢佐木モールのクライマックス?に突入です。「ゆず」のストリート・ライブで有名な横浜松坂屋はこの先左側に、横浜市民なら皆知っている本屋さんの有隣堂は右側にあります。

モールを抜けると、桜川新道(新横浜通り)&16号にあたります。左に行けばJR桜木町駅。JR関内駅はすぐ右手です。そして目の前は、日本初の「鉄(かね)の橋」、吉田橋です。ここに開港当時関が設けられ、その内側(海側)を関内、外側を関外と称しました。

ここを渡ると、馬車道に入ります。伊勢佐木モールと馬車道が同じ通りだということは、横浜市民でも知っている人しか知りません!

馬車道は開港当時のメインストリート。関内に設けられた日本人居住区にも近く、また前述の関所へ通じる道だったことなどから、ここから実に多くの西洋文化が日本に広まっていきました。この馬車道にも、アイスクリームや写真などの碑がいくつかあります。色々な形の歴史的なガス灯などもありますので、自転車を降りて、路傍の案内板を一つひとつ見て歩くのもお勧めです。県立歴史博物館のある辺りには、その昔弁天堂がありました。

馬車道を抜けると

ゴールはもうすぐ。なだらかな坂を登っていくと、万国橋です。みなとみらいや反対側の赤レンガ倉庫、大桟橋がよく見えます。ここはロケや写生のメッカ。実にいい眺めです。

汽車道を横切り、ワールドポータース、JICAの前を通り過ぎると、終着点。新港埠頭の客船ターミナル入口で行き止まり。海の向こうに見える風車は瑞穂埠頭にそびえる風力発電施設「ハマ・ウィング」です。風車の直径は80m!コスモクロック21の100mといい勝負です。ちなみにリアルタイムでの発電量を、臨港パーク内にある案内板で知ることができます。臨港パークはここ新港埠頭入口から左手、国際橋を渡った向こう側です。

山王橋からここまで、約3.8km。ゆっくり走って20〜30分くらいのポタリングです。始発・終着とも駅に近いので、輪行や歩きの方にもいいコースではないでしょうか。


