横浜ポタリング

横浜周辺を、自転車や歩きでぶらぶらしています。

横浜デルタの背骨を往く!

横浜デルタの話を以前しました。デルタとは三角のことですが、その頂点に位置するのが、山王橋です。今日は、その山王橋からひたすら真っ直ぐ東の海の方へ走っていきます。

まずは出発地点の山王橋。京急南太田駅のすぐそばです。
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出発した瞬間、すぐ右手にあるのが日枝神社。お三の宮です。吉田新田の埋め立てが中々上手く行かない折に、吉田勘兵衛さんに引き取られていた身寄りのない娘お三がたっての願いで人柱になった、という逸話があり、そこからお三の宮と呼ばれるようになったとか。この日枝神社は元々勘兵衛さんが江戸の日枝神社(現在も赤坂にある)に深く帰依していたことから、この地に分霊を祀るため勧請したということです。由緒、謂れがあるんですね。そういえば、赤坂の日枝神社には、「急ぐとも 止まって拝め 宮の前」という立て札があったのを思い出します。ちゃんと二礼二拍手一拝して行きましょう。
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この辺りもそうですが、今回のルートの大部分は海側からの一方通行ですので、山王神社側からひたすら海を目指すのは徒歩か自転車ならでは。
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ほどなく、横須賀街道(16号)へあたります。左へ行けば一本橋。右は睦橋を経て、磯子の八幡橋まで一本道。その道路脇には掘割川が流れますが、この川は開港後の1870年、当時の県知事の要請により工事が計画され、吉田勘兵衛さんのご子孫らがこれに応じて1874年に完成させた人工の川です。なんで川を作ったのかというと、一つは吉田新田完成後もずっと沼だった地域(現在の寿町界隈)の埋め立て用土砂を確保するため。もう一つには、結構荒れて航海が大変だった根岸湾・本牧沖を通らずに、根岸・磯子と横浜中心部の物資輸送ルートを開発するためだったそうです。しかし相当な難工事で、吉田家は相当な財産を失い、また出資した外国と日本政府との間にも国際問題が生じるなど、色々いわくがあったそうです。
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話も道も元に戻して・・・。さらに東の海側へ進むと、富士見川公園にあたります。ここは今、公園や駐車場などになっていますが、元々は富士見川という運河でした。中村川と吉田新田の中心部を流れていた吉田川(今の大通公園)を結び、さらに大岡川よりに少し延びていたようです。それが1895年頃までには埋め立てられました。横浜デルタ内にはこの他にも、運河を埋め立てたのが一目で分かる道や公園がいくつかあります。
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ここから先は、伊勢佐木モールに入ります。マンションが立ち並ぶ住宅街に、「かに」の愛知屋さんが目につきます。いきなりなんで「かに」?といった気がするのは私だけでしょうか。ここは気になるお店なので、いつか突撃したいです。
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もう少し進むと、藤棚浦舟通りに出ます。左に行くと太田橋を経て京急黄金町駅、初音町、浜松町(国道一号)へ続いています。右に行くと市営地下鉄阪東橋駅を経て浦舟人道橋。行き止まりです。
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そこから3ブロックほど海側へ進み、右手を眺めれば、よこはまばし商店街のアーケードが見えるはず。そっちへ寄って、買い食いなどをするのもまた楽しいです。因みに、よこはまばし商店街を抜けると三吉橋。
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上の写真を撮った場所から振り返っての、反対側(伊勢佐木モールの左手)を写したのが下の写真です。末吉橋がすぐそこに見えます。横浜デルタ内は結構碁盤の目状態に道が走っていますので、左右を見渡せば案外このように橋と橋が見渡せそうな道があります。
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この辺りから伊勢佐木モールは自転車通行禁止になります。ただ、ご覧のように朝など人通りが少ない時間帯に押して歩いている人を見ることはほとんどありません(笑)
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しばらく進むと、横浜駅根岸道路にあたります。山王橋〜新港埠頭ルートが横浜デルタの縦軸なら、直角に交差する横軸とも言うべき大動脈が、この横浜駅根岸道路でしょう。平沼から御所山・伊勢山を上り、野毛山の切り通しを駆け下り、都橋を通って吉田橋へ至る道を、昔は横浜道(みち)といいました。今は切り通しからまっすぐ下ると長者橋、そこからほぼ一直線に横浜デルタの反対側、車橋まで続いています。
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いよいよ伊勢佐木モールのクライマックス?に突入です。「ゆず」のストリート・ライブで有名な横浜松坂屋はこの先左側に、横浜市民なら皆知っている本屋さんの有隣堂は右側にあります。
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モールを抜けると、桜川新道(新横浜通り)&16号にあたります。左に行けばJR桜木町駅。JR関内駅はすぐ右手です。そして目の前は、日本初の「鉄(かね)の橋」、吉田橋です。ここに開港当時関が設けられ、その内側(海側)を関内、外側を関外と称しました。
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ここを渡ると、馬車道に入ります。伊勢佐木モールと馬車道が同じ通りだということは、横浜市民でも知っている人しか知りません!
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馬車道は開港当時のメインストリート。関内に設けられた日本人居住区にも近く、また前述の関所へ通じる道だったことなどから、ここから実に多くの西洋文化が日本に広まっていきました。この馬車道にも、アイスクリームや写真などの碑がいくつかあります。色々な形の歴史的なガス灯などもありますので、自転車を降りて、路傍の案内板を一つひとつ見て歩くのもお勧めです。県立歴史博物館のある辺りには、その昔弁天堂がありました。
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馬車道を抜けると海岸通本町通り(訂正)と交差します。目の前には第二合同庁舎が、その左手にはみなとみらいのビル郡が望めます。右に行くと、日本大通、中華街南側を経て、谷戸橋へ至ります。谷戸橋の向こうは元町ですね。なお、この下の写真の丁度地下に、みなとみらい線の馬車道駅があります。JR桜木町へも歩いてほんの数分です。
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ゴールはもうすぐ。なだらかな坂を登っていくと、万国橋です。みなとみらいや反対側の赤レンガ倉庫、大桟橋がよく見えます。ここはロケや写生のメッカ。実にいい眺めです。
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汽車道を横切り、ワールドポータース、JICAの前を通り過ぎると、終着点。新港埠頭の客船ターミナル入口で行き止まり。海の向こうに見える風車は瑞穂埠頭にそびえる風力発電施設「ハマ・ウィング」です。風車の直径は80m!コスモクロック21の100mといい勝負です。ちなみにリアルタイムでの発電量を、臨港パーク内にある案内板で知ることができます。臨港パークはここ新港埠頭入口から左手、国際橋を渡った向こう側です。
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山王橋からここまで、約3.8km。ゆっくり走って20〜30分くらいのポタリングです。始発・終着とも駅に近いので、輪行や歩きの方にもいいコースではないでしょうか。

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野毛大道芸

終わってしまいましたが・・・野毛大道芸を見てきました。

場所柄か、大人向けな芸が多いのですが・・・
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ジャグリングや、
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中国雑技団には子ども達もびっくり、大喜び!でした。
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こういうイベントを通してたくさんの方が野毛をもっと好きになってくれると、一近隣住民としても嬉しいです。

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潮干狩り

海の公園に潮干狩りに行ってきました!

今日はちょっと寒かったですが、そのせいか、GW初日としては少ない人出。渋滞を避け、車ではなく桜木町から根岸線、シーサイドラインを乗り継いで行ったのですが、その必要がなかった位。

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大漁でした!

今夜のアド街でここの潮干狩りが紹介されるようなので、今日行っておいて良かった、かも!

これから行く人は、くれぐれで海岸でお弁当など食べようとか計画しないように。トンビの大群にあっという間にかっさらわれることでしょう。どんなに用心しても、そのリスク大、です。僕も今日、崎陽軒のシウマイ弁当をやられました・・・。お弁当を食べるなら、レストハウスのベンチなど、屋根の下をお勧めします。

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再開の春!

山下臨港線プロムナードは期日どおり通行止めが解除され、約3ヶ月ぶりにあの気持ちいい散歩道が帰ってきました!

その間に姿を消した、旧東西上屋倉庫跡地も、綺麗な更地になっていました。

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なお、氷川丸も、日本郵船氷川丸となって、お色直しも済ませ、4月25日から営業再開しています。

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我が家の近所では、今日明日と、野毛大道芸。多くの見物客でごったがえしています。

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4月26日迫る!

4月26日が何の日か、ご存知でしょうか?
アレでもソレでもございません。

山下臨海線プロムナードの通行止め解除日なんです。

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ってことは、26日の土曜日以降はまた、通れるようになるんでしょうか?それとも、延長もあるのかな?

象の鼻パークは今、こんな感じです。

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大型重機が運び込まれ、大桟橋のたもと側に大きなコンクリートのブロックを設置しています。その辺りを間近に見られる日は近い?

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あんかけスパって、スパらしい!

出張で名古屋に行ってきました。

昼に食べたのが、名古屋飯の代表メンバーともいわれる?あんかけスパです。

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元祖と言われる住吉町のヨコイ(店名)で、ミラカン(メニュー名)の、1.5(大盛)をがっつりと。

ソースはトマトベースで、ちょっとぴり辛、かなりねっとりしています。具はウィンナーと玉ねぎがメイン。それらをよーく炒めた極太スパにからめて、わしわしと頂きます。1000円と、東京のおやじ系スパゲティ屋さん、「ジャポネ」や「リトル小岩井」と比べると高めですが、名古屋に来たらはずせません。

名古屋にお勤めの人は、嘘か誠か、皆自分の大好きなあんかけスパ屋さんを一つ二つ持っているとか。もはや中毒って人も多いみたい。私も近所にあったら、やはり通うでしょう。

夜は広小路伏見の銘居酒屋「大甚本店」へ。いつ来ても美味しくて、落ち着きます。ここでのお目当ては、メヒカリの一夜干。一皿に3匹ですが、たいてい3皿は食べます。やけどに注意してそのままかぶりつくと、パリッとした香ばしい皮の下から上品な脂があふれ、淡白な白身が舌の上にほころびてきます! 結構効かせた塩味が絶妙で、悶絶します。

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これに賀茂鶴の樽酒を、熟練の熱燗で。最高でした!

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勝手に決定! 横浜の定食四天王

あー、すいません、またまた無理目な企画です。

四天王は仏教上の守護神で、東を持国天、南を増長天、西を広目天、北を多聞天が護ってくれています。因みに私はこれを、東から時計回りに「持、増、広、多」(地蔵買うた)と覚えています。お寺を拝観する際、例えば三門に持国天、増長天があったら、本堂裏手に広目天と多聞天とがあったりと、結構楽しめます(楽しくない?)。

この四天王に相当する、ありがたい定食屋さんが、まさに横浜駅の東西南北にあることに、私、気づいてしまいました!いずれも、美味しいものを安く、お腹一杯食べさせたい、という思いで頑張ってくれている(と勝手に想像している)お店です。

まずは東、持国天は横浜駅東口の中央卸売市場内にある秋葉屋市場食堂です。はい、有名ですね。僕は茄子マーボー定食750円など炒め物系が好きです。

そして南、増長天は中区福富町のイタリーノ。ランチは500円で、曜日毎に決まったメニューが月〜土まで、毎週同じようにローテーションされます。私のお気に入りは月曜のハンバーグ&魚フライ。金曜のチキンカツ&エビフライも捨て難い。
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ここ以外では見たことも聞いたこともない「ハンブルジャワーズ」(木曜日のランチ)

西、広目天は神奈川区三ツ沢下町のグリルガーデン。特製ランチはぶっとびのボリュームで600円!一号のガーデン下信号から松本中学校の方へひたすら上がっていく坂にしびれます。坂を登りきったT字路のすぐ左にあります。

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特製ランチ

さぁオーラス、北の多聞天は、神奈川区神奈川新町のなりこま家。まだ通って日も浅いのですが、すっかりはまっております。お目当てはハンバーグ定食。オリジナルのタレもいいのですが、折角の肉汁たっぷりの牛100%パティを楽しむために、タレなしで頂くと更に旨いんです。頼めば粗塩をくれますので、それと卓上の醤油とで交互に頬張ると・・・堪りません!それで530円とアンビリーバブル!しかも接客がとても気持ちいい。

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ハンバーグ定食(タレなし、ご飯少な目)530円

ポタリングしているとそれなりに体力を使い、気を抜くとゲキヤセしてしまうのですが(嘘つけ)、こうした良心的なお店で莫大なカロリーをこまめに補給しているからこそ、自己紹介欄にあるように体脂肪率22%をキープしていられるんですね。ありがたや。いつまでも愛され続けるお店でいて欲しいものです。

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二つの洲干島弁天、本町小、東京ガス。その意外なつながりとは!?

吉田新田が埋め立てられた頃、現在の中華街の海側辺りから弁天橋の手前(本町4丁目、県立歴史博物館辺り)まで、洲干島(しゅうかんじま)という砂洲(砂嘴)が伸びていたそうです。丁度江戸湾(東京湾)と、後に埋め立てられる内側の入り江とを、隔てるような格好だったといいます。この砂洲と根元の地域を元々「横浜村」といい、ペリー一行が上陸したことで、世界的にその名を知られることになるわけです。

およそ700年ほど前から、その洲干島の先端に、風光明媚な弁天様のお社があったそうです。最盛期には境内の水路に太鼓橋がかかかり、鳥居も一の鳥居から三の鳥居くらいまであったようです。松がたくさん植えられていたといいますから、その緑と海や空の青に赤い鳥居が映え、それはいい景観だったことでしょう。その頃の様子はこちらに詳しく載っています。

明治二年になると、港に近かったこの地も整備されることになり、弁天様には他へ移っていただくことになったのだそうです。で、どちらへ行かれたかといえば、なんと、今では「元」洲干弁天を名乗る弁天様が、市内中区に二社あるんですね。

一つは元町にある元町厳島神社です。元町五丁目に鎮座します。

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この神社の境内に立つ由緒書きを読むと、元々洲干島にあった清水弁天、洲干弁天(この二つが別々なのか、またの名なのかは、私には?)が元禄年間(1688〜1703)に、当時元町一丁目にあった増徳院へ「分祀」され、その後、明治維新を経て神仏分離で再び独立した神社としてお社を建てられた、とか。

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もう一つは、関内は羽衣町にある横浜弁天です。こちらも、神社名は厳島神社です。ここには由緒書きがなく、いわれは分かりませんが、色々な資料を見ると、1869年に洲干島からここに環座されたようです。

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ここからは勝手な想像ですが、なぜ二つの「元」洲干弁天が存在するかというと、元町厳島神社が分祀された神社だったからではないか、と思います。その後、1859年の開港から10年を経て、現在の本町界隈の地政学的重要度が増したため、洲干島にあった元々の弁天様も、吉田新田の羽衣町に環座された、ということではないでしょうか。

さて、おおもとの洲干弁天があった場所には、その後1905年に「横浜高等第一小学校(横浜小学校)」が建てられました。これが1923年に「横浜市本町尋常高等小学校(本町小学校)」と改称されます。同じ年、関東大震災で校舎が灰燼に帰した後、本町小は名前をそのままに、現在の花咲町三丁目に移転しました(1928年に新校舎落成)。それで、花咲町にあるのに、本町小なんですね。

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話はまだ続きます。現在本町小が建っている所は、1870年に高島嘉右衛門によって設立されたガス会社「日本ガス社中」があった場所です。その後、1892年に横浜市瓦斯局となり、明治から大正にかけて発売された様々な横浜案内絵地図などに登場します。その後1944年、瓦斯局は現在の東京ガス株式会社となりました。

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本町小正門前にはそれらを語る碑が建てられ、ガス灯が今も点り続けています。

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よこはま花と緑のスプリングフェア 2008

ちょっと口にするのが照れる感じのベタなネーミングですが、今年も山下公園と横浜公園の2会場で開催されます。

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横浜公園のチューリップ、16万本もそろそろ見ごろを迎えます。

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この週末、ポタっとお出かけになってはいかがでしょうか。ザンギリ君も待ってます。

http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/event/sf2008.html

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これはどこにあるでしょうか?

ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする─その昔、教科書かなんかに載っていた文句が思い出されます。

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この彫像、題も直球で、「ザンギリ」です。

なんてゆーか、斬新かつ、親しみ溢れるこの作品、山下公園の芝生の上で、毎日海を眺めておられます。

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横浜って、西洋理髪の発祥の地でもあったんですね。

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君は横浜駅の東西抜け道を知っているか!!

なーんて、大上段に構えたタイトルですいません。

横浜駅って、西口から東口へ自転車で移動するのって、結構大変なんです。北側ルートだと青木橋まで回らなきゃいけませんし、南ルートだと平沼橋を渡らなくてはなりません。

そこで、この抜け道(歩行者用通路、地下の自由通路ではありません)ですよ。ただし、自転車は担ぎです。


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上の航空写真中央にある鉄橋を渡っていけば、きた東口〜きた西口間をわずか2-3分で移動可能です。この方法は交番で聞いたので、違法でもないようです。ホームの人に驚きの目で見られるかもしれませんが、足元すれすれに電車が走っていき、なかなか面白いです。

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因みに、きた東口はそごうやスカイビル、ベイクォーターからすぐですし、きた西口は横浜エクセルホテル東急脇、ヨドバシカメラまですぐのところにありますので、結構、使えます。上の写真はきた西口脇にある、この通路の出口です。

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吉田新田の土取りの碑

横浜にも歴史を今に伝える石碑やモニュメントなどがあちこちにあります。

そんな中で、今日はマニアック?な一品(というのか、多分いわないだろうな)をご紹介します。それは、「天神山土取場跡」の碑です。ここから切り崩された土が、吉田新田の埋め立てに使われたんだそうです!

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以下は横浜市西区のホームページからの転載です。
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京浜急行日ノ出町駅裏手の天神坂にある。江戸時代の木材商・初代吉田勘兵衛は、大岡川河口の入り海が埋め立てやすいのに目を付け新田開発を計画した。最初、工事は失敗したが、万治2年(1659)、幕府の再許を得て工事を始めた。多くの協力者と8年の歳月、多大な工費をもって野毛新田(後の吉田新田)が完成した。埋立て土砂は太田村天神山、石川中村大丸山、横浜村洲干島の3か所から採った。ここ天神山からは、長さ127メートル、高さ45メートルほど土を取ったという。
http://www.city.yokohama.jp/me/nishi/midokoro/sanpo/sanpo11.html
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この碑があるのは京急日ノ出町駅を中央図書館方面に出て、駅舎脇の階段をトンネルの方へ登っていき、線路をまたぐ鉄橋を渡ったところです。位置的にはホームから横浜方面を見て、右斜め上方ですが、ホームや電車の車窓からは見えないと思います。

この辺りは急な坂が多く自転車では難儀しますが、地元の小学生達は結構涼しい顔をして駆け回っています。凄いな〜!

坂の上からビルやマンションが立ち並ぶ現代の吉田新田を眺めてみてはいかがですか?

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平安神宮〜紅しだれコンサート

京都に来ています。

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平安神宮の紅しだれコンサートを観てきました。幻想的な景色の中、バイオリン6重奏を堪能しました。
僕は一人で桜を見ながら散歩する際に、よく「パッヘルベルのカノン」やサラ・ブライトマンの「Time to say goodbye」、コブクロの「桜」などをヘッドフォンで聴いているのですが、今日は一曲目でカノンをやってくれました!そんな偶然もあって、とても胸に響く演奏でした。

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横浜中心部へ渡る橋、一体何本?

下に貼ったGoogleマップをよく見ると、あっかんべーをした舌のような形が浮かんできませんか?


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横浜の小学生なら4年で習うという「吉田新田」+その他の地域ですね。吉田新田については詳しいサイトが沢山ありますので、詳しくお知りになりたい方はググって頂くとして、知らないけどさらっと聞いときたい、という人のために・・・。吉田新田とは、元々遠浅の入り江(海)だったこの辺りを、江戸時代初期の頃に埋め立てて出来た土地、なんです。吉田勘兵衛さんという人がその工事を行ったんですが、そのご子孫は今も長者町で不動産業などを営まれておられるそうな。

さて、上のGoogleマップで見て取れる舌の形をしたエリア(吉田新田、その後埋め立てられた今の中華街辺り、根岸線の線路沿線、もともと砂洲として陸地だった現山下町〜本町辺り)を当ブログでは便宜上、「横浜デルタ」と名づけます。ここは、二本の川(大岡川と中村川〜堀川)と、海によって囲まれた「島」とも言える三角州なのです。

さて、この横浜デルタ、島という以上、ここへ出入りするためには橋を渡らなければなりません。では、一体何本の橋が架かっているでしょうか?

正解は、46本です!(新港地区からも含め、横浜デルタに架かる橋の合計。鉄道や高速道路、石川町駅舎などの架橋は含まず。車両と人が渡れる橋のみ。また桜川橋のように左右の車線それぞれ別の橋が架かっていても名前が同じなら一本とカウント)

では、大岡川の河口に架かる北仲橋から一気に名前だけ挙げてきましょう(「橋」は省略)。

(以下、大岡川を河口から上流へ)
北仲
弁天
住吉*
大江
桜川

宮川
長者

旭人道*
黄金
末吉
太田

白金
道慶
一本
山王人道*
山王
(ここで中村川に分岐、以下中村川を河口方面へ)
葭谷(よしや)
吉野
共進
日枝

池下
久良岐
道場
浦舟水道*
三吉
万世
東(あづま)
東橋公園*


亀之
石川町駅前歩道*
西之
(ここからは中村川から堀川と名を変える)
市場通り*
前田
代官*
谷戸
フランス*
山下
新山下
(以下二本の橋は新港地区から横浜デルタに架かる橋)
新港
万国

*車両通行不可の人道橋

どうです、結構ありますよね。

なお、橋に囲まれたエリアは新しく整備された土地らしく、結構綺麗な碁盤の目状態の道が通っています。

そこで、東西南北にどの橋とどの橋がつながっているか、覚えておくと移動が楽ですし、楽しいです。以下に対応している橋を挙げてみます(橋から橋までつながっているもののみ掲載)。

(橋の対応/南:北)
睦:一本
池下・久良岐(両橋の手前で道が分岐):道慶
道場:栄
浦舟水道:太田 (この道が「藤棚浦舟通り」)
三吉:末吉 (横浜橋商店街の通り)
万世:黄金
東:旭
車:長者 (この道が「横浜道」もしくは「横浜駅根岸道路」)
亀之:(両橋の前で道が分岐)都・桜川 (この道が「新横浜通り」)
西之:桜川
谷戸:北仲

(橋の対応/西:東)
山王:万国 (この道が「伊勢佐木モール〜馬車道」)

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(都橋から宮川橋を望む)

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(山王橋)

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(三吉橋から浦舟水道橋を望む)

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(万国橋)

ということで、ポタリング情報です。

北仲橋〜山王橋までの距離:約2.9km (自転車での目安:13分)
山王橋〜山下橋までの距離:約4.2km (自転車での目安:19分)
山下橋〜北仲橋までの距離:約2.5km (自転車での目安:10分)

この横浜デルタ、一周しても、自転車なら約45分。一度走ってみませんか?

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タイヤ(交換)

目標の車体重量10kg以下を達成するため、禁じ手?ともいうべき、ロードスリック化を断行することにしました。選んだのは、軽さでPanaracerのExtreme Valiant EVO2です。同時にチューブも交換。同じくPanaracerのR-Airです。ネット通販で定価より少し安くゲット。

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届いてから量ってみると、まずチューブは2本とも、メーカー公称値より1g重い72g。タイヤは、一本がメーカー公称値250gに対し、253gとまぁまぁ。しかしもう一本は262gでした・・・orz しかもうっかりしてロングタイプのバルブ(のチューブ)を注文してしまいました!まぁ、いいか。

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ロードスリックにするのはやはりMTBらしさを損なうのでちょっと悩みましたが、もう一台のMTBであるスペシャライズドのロックホッパーFSもずっとスリック。結局アレコレ試してやはり街乗りにはスリックという結論に達していたので、アティも普段はこれで行こうと。いつものお気に入り周回コースの中で、少しだけオフロードを走れるところがあったので、そこを走れなくなるのはちょっと残念ですが、圧倒的に時間も距離も走るアスファルト上での走行性に振ってしまいます。XTRのハブや、XTRで揃えたドライブトレインによる滑らかな走行感に実は驚いているところなのですが、やはりブロックパターンのタイヤではそこの所がかなりスポイルされているはずですし。

ということで、早速交換に入ります。路傍でのパンク修理やタイヤ交換はできるだけ勘弁ですが、室内でのタイヤ交換は大好き。なぜか、和むんです。

まず、古いタイヤとチューブをはずし、軽くリムテープ部を拭いておきます。はめる前のバリアント・エボ2は昆布かなにかのようです。

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リムにタイヤの片側だけ、ビードを引っ掛けるように、手ではめていきます。好みですが、リムのMAVICのステッカーと、タイヤのロゴ部が対極にくるように位置をそろえます。なお、このタイヤには回転方向の指示がありませんでしたが、タイヤによっては矢印などがサイドに表示されているものもあります。

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チューブに軽ーく空気を入れ、バルブについているナットをはずします。バルブ(なげーな、しかし)をリムに空いている穴に通します。ここで空気を入れすぎていると、このチューブはビヨーンと伸びてしまい、タイヤの外径を軽く超えてしまいますので、バルブから空気を抜いて調整します。

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もう片側のビードも、手で軽く押し込んで一周させて行きます。はまったら、少しだけ空気を足します。中でチューブがねじれたり、リムとビードの間に挟んだりしないように、よく目でも確かめながら、もみもみして馴染ませてやります。

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空気圧を指定の範囲まで上げます。このタイヤは4.5〜7barとのことでしたので、とりあえず、6bar程度入れてみました。最後にバルブのナットをリムに当たるまで手で強く締め、バルブのキャップを付けます。タイヤのロゴ部に透明な保護テープが貼られていましたので、はがして一丁あがり。

早速車体に取り付けてテスト走行。おぉーっ、ウルトラスムース!!全く音がしません。XTRのフリーハブが無音なのに初めて気づきました。しかも速い!踏めば踏むほどスピードが乗っていく感覚です。巡航速度も2km/hほど上がっていました。(サイクルコンピュータの設定を変え忘れていましたorz)少し濡れた路面でも、しっかりブレーキも効きます。これは凄い。まだちょっとゴツゴツ感があるので、空気圧を調整し、転がり抵抗と乗り心地のバランスを徐々にとって行きたいと思います。

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しかし、細いなー。迫力は全然なくなってしまいました。しかし、このお陰で車体重量9,168gを達成!(ペダル、アクセサリー除く)見た目は重そうなので、持ったときのギャップはさすがにグーです。

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現時点でのアティの重量: 9,495g

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ライト

ライトは20gと軽量のKnog Colored 1 LED lightにしました。

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(肝心なKnogの部分がぼやけていてよく分かりませんね、汗)

フレームカラーに近いOrangeをチョイス。折角ハンドルバーからステムにサイクルコンピュータを移動させ、ハンドル周りをすっきりさせたので、コラムスペーサーに巻きつけるように装着してみました。なかなか目立たなくていー感じです。

続く

現時点でのアティの重量: 1,0150g

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象の鼻にイメージパース現る

現在整備中の象の鼻パーク(仮称)に、完成後のイメージパースが掲示されていました。

昼間はこんな感じで・・・

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(赤レンガ倉庫上空から見た図)

夜はこんな風になるようです。

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(大桟橋上空から見た図)

「象の鼻」の由来である桟橋は、より象の鼻の形に近づき、人が散歩できるように拡充されるようです。

下の写真を見ると、夜には照明代わりにもなる半透明のスクリーンが臨海線プロムナードをまたいで、大きな円弧を描いています。ペリー一行が上陸し、日米和親条約を結んだこの地点を、文字通り丸印で囲むことによって可視化しようということのようです。

日本大通からさえぎるものなく港や停泊中の客船などを望むには、今あるプロムナードが邪魔ですが、このパースでは残されるようです。しかし、今後第二期以降の工事では、この円弧の内側部分は取り壊される模様です。それはそれで少し寂しい気もします。

で、現在はと言うと、着々と工事が進んでいます。

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(写真は3/25のもの)

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サイクルコンピュータ

サイクルコンピュータは、以前乗っていたフラットバーロードに付けていたものを使用します。CATEYEの、CC-MC100Wです。重量も込みこみ30gと軽量です。

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ワイヤレスタイプなので、あっという間に取り付け完了です。オールリセットして、新たなバイクの積算走行距離(オドメーター)を、処女走行から刻んでもらうことにします。

因みに、もともと付属していたタイストラップ(結束帯)は、一度切ってしまうと換えがありません。幅2mm、長さは20cmくらいのものなのですが、これがなかなか見つからず、結局ホームセンターで長さ10cmのものを買ってきて(下の写真左隅)、二本つなげて一周させました。なお、一緒に写っている赤いプレートは、ディスクブレーキのパッド間に挟んでおくスペーサーです。

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当初は本体を、クランプ部からグリップ部にかけてのテーパー部に付けていましたが、そこでは走っているうちにずれてきたり画面も斜めってしまったりと気になったので、今はステムの上に取り付けています。ワイヤレスは、こういう位置換えも気軽にできていいです。

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続く

現時点でのアティの重量: 1,0130g

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湧水とラーメン二郎の意外な関係

横浜にはいくつか古くから沸き続け、今も汲みに来る人が絶えない湧水があります。

一つは中区打越にある、打越湧水。打越橋のすぐ下(関内より)、橋に向かって右側にあります。開港当時からあり、震災や空襲の際に多くの市民を救ったということです。今は休日にここで水を汲んで車を洗う人の役に立っているようです。

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もう一つ有名なのが、鶴見区の岸谷湧水。国道1号沿いにあります。打越と同じく、切通しを作った際に湧き出たものらしいです。ここでは飲食店関係の人でしょうか、何本ものポリタンクに大量に汲んでトラックに載せている人をよく見かけます。どちらの湧水も飲用できるようですが、煮沸は必要との事です。

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この2つの湧水と、熱狂的なジロリアンと呼ばれるファンを持つラーメン二郎の意外な関係をご存知でしょうか(って、引っ張るほどのネタかよ)。

そう、横浜には二店しかないラーメン二郎、そのいずれも近くに湧水があるのです。打越湧水のすぐそば(ってゆーにはちと遠いが、歩けないほどではない)には関内店が、岸谷湧水のすぐそば(こっちは見える位の距離)には鶴見店があります。これは単なる偶然でしょうか!?(偶然だろう)

携帯カメラなんでブレてますが、未だ大ブレイク中?の汁なし(小、野菜ニンニク、チーズトッピング)@関内二郎

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こっちは鶴見二郎の小(ニンニクトッピング)です。

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どちらも大人気店ですが、ネット情報によると師弟関係にあるようです。いずれにしろ、このジロリアン達を離さない味に、湧水が一役買っているかも知れません(いや、それはないだろう)。

・・・しょうもないネタでどうもスイマセンでした。

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チェーンステイガード

SPEED STUFFのチェーンスティガードを装着しました。

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アティには元々透明の保護フィルムが右側のチェーンステイに貼られていますが、それだけでは少々心もとないので、17gと軽いのもあって近所のショップで購入しました。なかなか似合ってます!

続く

現時点でのアティの重量: 1,0100g (アチャー)

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ポップロック・システム

さぁ、ついに大ラスです。これで、一応の完成を見ます。Fサスペンションの付属パーツである、POP LOCK systemを取り付けます。サスペンションはROCKSHOXのSID Worldcupです。これには、ライディング中でも、Fサスの動きをロック(固定)するレバー式のポップロック・システムが付いています。ポップロックは、登り坂やダンシング(立ちこぎ)の際に、Fサスが伸縮するせいで折角かけたトルクをロスするのを防ぐ機構です。

まずはハンドルバーにロックショックスのロゴ入りレバーを仮組みし、付属のアウターにインナーケーブルを通します。アウターは、ハンドルバーを左右一杯に切ってまだ若干の余裕がある程度の長さでカットしておきます。なお、インナー・アウターとも、ロックショックス純正より、XTRグレードの方が軽かったので、交換しています。

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サスの右側のクラウン部についているダイヤルにインナーを接続します。レバーを操作し、クリック感があるまで押し込んだ時、丁度ダイヤルが引き一杯(フルロック状態)になるようセットします。

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なお、このFサスには、ブレーキホースの取り回し用のガイドなども付属しています。

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取説にある通りに組んでやると、あらすっきり。

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さぁ、これで一旦は完成です。

今後更なる軽量化や、乗り心地の向上を図る上で色々改良すると思いますが、まずはガンガン乗ってみないことには始まりません。これで乗れる状態になったわけですから、今後はゆっくり調整・改良を加えていく予定です。

続く

この時点でのアティの重量: 10,083g

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グリップ

いよいよ完成間近です。グリップは、Unauthorizedの、ULTRA SLIMMERをチョイス。

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ムック本のパーツカタログでは38gとなっていましたが、近所のショップで購入し実測したところ、44g! たかが6g、されど6g、です。ここへ来ては、これは痛い。

まぁ、元々カーボンハンドルバーは触った感じからしてソフトなんですが(真冬でも冷たくならず、常に人肌感覚)、この、極薄のグリップを付けてもそのソフト感が失われるばかりか、微増するんです。

結構気に入りました。

バーエンドキャップは付属していなかったので、パーツ入れをひっくり返して探し出した不要のATIのキャップを挿入。これがペアで7g!!

ついに大台を超えてしまいました!

続く

この時点でのアティの重量: 1,0023g (あぁーーっ、ついに大台突破ーーーorz)

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ブレーキ

ディスクブレーキBR-M975を組み付けます。中古をオークションで購入しました。

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すでにデュアルコントロールレバーとホース、ブレーキ本体が組まれた状態になっていました。左のレバーにつながっている、ホースの長い方がリア用です。

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RDやFDのSIS調整をする際に、自分のいるディレーラー側、つまり右側のレバーで後輪を止められた方が便利なんですが、これはホースの長さで最初から左がリアと決まってしまっていました。その点、Vブレーキはどこか露出しているインナーを引っ張ればブレーキが掛けられたのですが、油圧ディスクじゃそれもできません。そのうち左右を変えちゃおうかな。

本体を台座に仮組みする前に、パッドの間に挟まっているスペーサーをはずします。はずした状態でレバーを握ってしまうとパッドが互いにくっついて、引き離すのが大変らしいので気をつけます。ローター(SM-RT96、直径160mm)をパッドの間に挟むようにして、台座にボルトで仮組みします。

このまま台座の固定ボルトを締めてしまうと、台座側(外側)のパッドとローターがわずかに干渉します。そこで、フレーム/フォークの台座とブレーキ本体との間に、シム(スペーサー)を入れます。説明書の指示通り、まず0.5mmのシムを一枚入れてみて、まだ干渉するようなら0.2mmを追加していきます。調整は、パッドとローターの隙間を下からライトで照らして目視したり、静かな室内でタイヤを回して音を聞いたりして行いました。

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僕のアティの場合、フロントは0.5mmと0.2mmをボルト一本につき一枚ずつ(計4枚、0.7mm厚)、リアは同じく0.5mmを一枚ずつ(計2枚)でOKでした。持ち手部に切り欠きのある方が0.5mmです。

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デュアルコントロールレバーST-M975は、手の大きさに合わせて開き角度は変えられるようになっていますが(リーチアジャスト機能)、ブレーキがどこから利き始めるか、当りの調整はできません。かなり引き込んだところから利き始める(遊びが多い)のは、シフトレバー兼用ゆえの安全策でしょうか。Vブレーキではほとんど遊びをなくしてきた僕の好みではありません。いずれこれはパーツ交換も視野に、改善したいところです。とにかく、利きはさすがですが、ぐにゃぐにゃの感触と共に、この遊びの多さには不満です。あまりの遊びの多さに近くのショップで相談したのですが、やはりこの程度が普通で、どうしようもないとのことでしたorz

続く

この時点でのアティの重量: 9,972g (シムの分は1g未満なので増なし)

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